中国 監視カメラ密度が最高の国を維持

電柱に多数の監視カメラが取り付けられ運用されている中国の様子

英国の技術調査企業Comparitechが世界各国の人口の多い150都市を対象に分析を行なった所、中国は世界監視カメラ密度が最高である国家を維持していることが分かった。世界で監視カメラ密度が最も高い20都市のうち、18都市が中国にあり、トップは山西省太原市の1000人あたり119.57台の監視カメラである。世界で人口が3番目に多い都市 上海市は1000人あたり36.96台の監視カメラが存在し、世界ランク12位である。

トップは太原の1000人あたり120台の監視カメラ

昨年中国の北京市、上海市、広州市、深セン市の一線都市(市場として最も魅力の高い大都市)4都市が監視カメラ密度TOP10にランクインしていたが、今年は北京が5位にランクするだけであった。中国の二線都市(一線都市ほどではないが発展に魅力的な都市)がこの1年間で急上昇しTOP10にランクインが相次いだ。監視カメラ密度の高いTOP10の都市には、昨年中国以外の2都市がランクインしていたが、今年は1000人当たり67.47対の監視カメラがある3位の英国ロンドンの1都市だけになった。

監視カメラ密度TOP20の都市で、ロンドンのほかに、ランクインした中国都市以外の都市はインドのハイデラバード市で1000人あたり29.99台の監視カメラがあり、16位に位置する。台湾新北市は1000人あたり7.96台の監視カメラで、世界ランク41位である。

全世界7.7億台の監視カメラの54%が中国に存在

調査研究機関のIHS Markitの昨年12月のデータによると、全世界には少なくとも7.7億台のかんしかめらがあり、そのうち54%が中国に設置されている。全世界の監視カメラの数量は2021年には10億台に達すると予測されており、そのうち中国が5.4億台を有していることになる。

Comparitechは、監視カメラ密度が比較的高い国家の犯罪率が低いとは言えず、両者の関係性は低いことに気が付いた。香港中文大学中国研究センター兼任助教授のアーセン(Severine Arsene)氏は、監視カメラは犯罪の抑止力には一定の効果があるものの、状況によっては犯罪抑制には至らず、その犯罪が監視カメラの無い所へ移動するだけにすぎないことを指摘している。中国は監視カメラの設置台数を増やしているが、それは顔を認識させるカメラを増やす為であり、このような監視カメラは逃亡犯の監視だけにとどまらず、(政府への)抗議者と少数民族を識別するためにも使われる可能性がある。

中国は監視カメラの設置を耐えず増やしていること以外にも、ロシアの首都モスクワの地下鉄システムに14億ルーブル(約20億円)を投じて、地下鉄車両内に顔の特徴分析と人口統計分析を行なうカメラを設置する計画だ。スペイン内政部も体育館、ミュージックホールなどの大型公共施設に顔識別機能を有する監視カメラを設置し、警備への負担を減らすことを認めた。

監視カメラ密度世界ランキング
TOP101:太原市
2:無錫市
3:ロンドン市
4:長沙市
5:北京市
6:杭州市
7:昆明市
8:青島市
9:廈門市
10:ハルピン市
TOP2018都市が中国の都市
TOP20以内の
中国以外の都市
英国ロンドン市
印度ハイデラバード市
TOP50の中国以外の
16都市
英ロンドン
印ハイデラバード
印チェンナイ
イラク・バクダッド
露モスクワ
シンガポール
台湾・新北市
トルコ・イスタンブール
香港
米ロサンゼルス
タイ・バンコク
メキシコ・グアダラハラ
独ベルリン

2020年7月28日 編集・翻訳(八度 妖)

Webサイト管理者感想

  中国の顔認識技術については、世界でもトップクラスのれべるであるのは間違いない。なぜなら、このような顔認識技術には多くのサンプルが必要なのだが、米国や日本のような「プライバシー」に配慮しなければならない国家での開発には、サンプル収集の壁がある。しかし、中国には「プライバシー」なんてものは一切存在せず、街角に設置されている監視カメラからサンプルが取り放題なのであるから、自然と学習量が多くなり精度がどんどん上がっていくわけである。しかも、顔だけのサンプルがあれば良いというわけではなく、撮影の角度、明るさなどの要素も顔認識に影響を及ぼす為、中国は実環境でのサンプルデータがとり放題であり、精度が上がっているわけである。
  監視カメラも顔認識(顔認証)技術も、犯罪抑止や失踪者発見等ができるというメリットも非常に大きいのだが、プライバシーが無くなるなどの弊害も生まれる。つまりは包丁は物を切るのに非常に便利な道具ではあるものの、使う人によっては誰かを傷つけることができるというように、監視カメラも運用する人いかんによって、人々に幸せをもたらすものにもなるし、人々を悩ませるものにもなるのである。